群馬県 日本絹の里で偶然にも出会った 立佞武多の繭クラフト
ということで、五所川原市の立佞武多(たちねぷた)を紹介してみます。
平成10年に約80年ぶりに復刻した夏祭り。
立佞武多(たちねぷた)と呼ばれる巨大な山車が「ヤッテマレ!ヤッテマレ!」の掛け声のもと五所川原市街地を練り歩き沿道の観光客を楽しませています。
山車の規模は「高さ:約22メートル」「重さ:約17トン」と巨大で、同じ佞武多祭りである、青森市の「青森ねぶた祭り」よりも迫力があり、弘前市の「弘前ねぷた祭り」よりも優雅と言われ、年々観光客を増やしております。
2002年以降には、東北三大夏祭りの一角である「秋田竿灯祭り」の観光客動員数をしのぎ、「青森ねぶた祭り」「仙台七夕祭り」に次ぐ東北第3位の夏祭りへと発展しています。
(立佞武多関連記事より抜粋)

この模型は五所川原市の立佞武多の館に展示されています。
左から五所川原立佞武多、青森ねぶた、弘前ねぷた
大きさ形の違いが一目でわかります。
ちなみに、立佞武多は平成10年製作の「親子の旅立ち」です。
■ねぷた?ねぶた?
津軽弁で「眠い」を「ねんぷてぇ」といい、これがなまって「ねぷた」になったというのが一般的な説なんだそうです。
青森では「ねんぶてぇ」というので「ねぶた」、なまりの違いです。
ねぷたの起源はむかし農民が忙しい農繁期に襲ってくる眠気を追い払うため、睡魔を船やとうろうなどにのせ川に流した「ねむり流し」という行事から発展し、祭りになったという説が一般的な説です。
■立佞武多はいつ頃からあったのか?
「立佞武多」と呼ばれる巨大ねぷたは、幕末から明治にかけて、津軽地方(青森・弘前・黒石など)に存在していました。
五所川原は県内1位2位を争う程の大地主や豪商たちがいたそうです。その方達の力の象徴として、高さを競う大型のねぶたを作成したそうです。
その大きさは隣村からでも見えたと言われています。
■なぜ巨大ねぷたは消えたのか?
電気の発達より電線が張り巡らされ、小型化するしかなくなったからです。
■五所川原立佞武多のはじまりは?
平成5年豪商の仕える大工をしていた子孫の方が、昔の巨大ねぶたの台座の設計図が発見!
全部で7枚の設計図と1枚の写真と頼りに、復元を始めたのです。
平成8年4月に製作を始め、7月1日に出来上がった立佞武多は「武者」と名づけられました。そして7月7日に燃やしました。
これがきっかけになり、平成10年五所川原市が支援を決定し、運行する立佞武多を実現するために、電線を埋設したりしました。
100年ぶりに、高さ22m(ビル7階)、重量17トンの立佞武多「親子の旅立ち」が運行された。
それから毎年1台ずつ製作され現在に至っています。
ここで、ちょっと話しがそれますが自慢します。
■もうひとつの立佞武多復活ストーリー
五所川原市の立佞武多の復活(運行)が平成10年と紹介しました。
ところが、当時高校生だった俺は、平成9年に立佞武多を復活させていました。
町内会が一眼となって、ど素人の集まりで完全制作に取り掛かりました。
でもなかなか思うようにはいかなくて、ねぶた師の三上信行さん。

この立佞武多を設計図なしに、創作で制作した「羅生門」凄いお方です。
三上さんのアドバイスの元完成させました。
俺の持っていた、ガンダムのプラモデルがモデルです。
高さ5mくらいの立佞武多の運行を五所川原市の立佞武多よりも早く復活させました。これは地元の自慢でもあります。
残念ながら写真は手元にはありませんが。実家にあるはずです。
ちなみに、平成19年にガンダムの立佞武多の運行が話題になりましたよね。10年前、実はガンダムはすでに立佞武多として運行されていたんです。誰も知らないもうひとつの立佞武多物語でした。
■ヤッテマレ?
五所川原のねぷたは昔から喧嘩ねぷたで争いがおおかった。
さしまた(電線をあげるもの)でつっついたり、石を投げたり、蝋燭を倒して燃やしてしまったり。
自分達のねぷたが一番と譲ることがなかったという。だから、相手をやっつけてしまえの意味で 「 やってまれ 」 と掛け声がかかるようになった。
そこまでして、自分達のねぷたに愛着をみせているだけあって、昔から面(顔の部分)はお互いに大切に守っていたそうです。
現在は喧嘩はないが、その時の掛け声が受け継がれているそうです!

平成16年運行、鳥山明さんのドラゴンボールの立佞武多です。
世界一のフィギュアとして全世界同時生中継されました。
世界の鳥山明さんなので。
大相撲の朝青龍も見てました。祖父は一緒に写真を 爆笑

平成18年運行の桃鉄です 笑
運行の様子はゲームのオープニングに使われたとか。
モデルの押切もえさんも観光に来てました。
平成19年は、ガンダムでしたよね。
立佞武多は、有名なキャラクターが数々登場します。
ドラえもん、ピカチュー、ケロロ軍曹、あの松井秀樹もゴジラで登場しましたよ 笑
それから、津軽三味線で有名な高橋竹山も登場しました。
でも、市が作る大型立佞武多は毎年1つテーマを持って制作されています。そして毎年ひとつ姿を消していきます。

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